日々考えよう


by kunihisaph
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2004年 08月 29日 ( 1 )

努力と金メダル

やっとお祭り騒ぎも終わりか.

野口なんとかって人よかったね,金メダル取れて.これで取れなかったら,「高橋尚子だったら金メダル取れてたかもしれないのに」とかさんざんいわれたんでしょうね.いいじゃん,べつに日本人が金メダル取れなくったって.

金メダル金メダルといっている人を見るといつも言いたくなります.「日本選手が金メダル取れたからって,あんたが偉いわけじゃない」.

それはともかく.金メダルを取った選手がインタビューで「努力したから取れました」と答えるのはおそらく真実でしょう.いくら才能があっても,努力せずに金メダルを取るのは論理的には可能でも,現実的には不可能だからです.

だからそれはいいとして,しかし,「努力は決して裏切りません」という台詞はどうかと思います.「努力することは成功するために必要な条件」ではあっても(いや,いま言ったように論理的には必要条件だともいえないのだけど,経験的にね),「努力することは成功するのに十分な条件」ではないのです.

このあたりを履き違えると,失敗した人間に「努力が足りないからだ」という非難が浴びせられることになったり,「とにかく努力すれば何でもできる」という「特攻精神」がまかり通ったりするわけです.

銀メダルどまりだったり,何のメダルも取れなかったり,それどころかオリンピック選手にすらなれなかった選手もその多くは,金メダルを取った選手に負けず劣らず努力はしているはずで,「努力は決して裏切りません」という台詞は,言い換えると,銀メダル以下の選手は努力をしていなかったかのようであまり聞いていて気持ちのいい台詞ではありません.もちろん言っている選手に悪意がないのはわかってはいますが.

一方で,結果が出なくても,「努力」という物語によって,「よくがんばった」といって「みんなで感動する」という風潮も世の中にはあります.

「結果なんてどうでもいい,がんばったんだから」というやつですね.

でも,これってうそ臭い.

結局,最終的に評価されるのは,好き嫌いは別として,やはり結果なわけです.金メダル取ったかとらなかったか.

まあ,金メダルに関してはともかくとして(日本人選手がメダルを取ったからといってなにかこちらに利益があるわけでもないだろうから),社会においては「だってがんばったもん」は誰も認めてくれないわけです.

金メダル選手の「努力は決して裏切りません」も,メダルが取れなかった選手に対しての「だってがんばったもんねえ」もどちらも過剰に「努力」というものを前面に押し出しすぎているような気がします.

もちろん,努力というのは非常に重要です.しかし,それはあくまで何らかの結果をうみだすものとして重要であるということで,なにか「感動の道具」としての努力や特攻精神を植えつけるための努力の称揚は,なんとなくいやな感じになります.
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by kunihisaph | 2004-08-29 10:34 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書