日々考えよう


by kunihisaph
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なぜ自分を探すのか

「自分探し」という言葉はいつごろからあるのでしょうか?

かなり昔の漫画,『カムイ外伝』にもこの言葉が出てくることから,昨日今日に使われ始めた言葉ではないようです.似たような言葉に「僕が僕であるために」云々というのもあります.たしか尾崎の歌にこんな一節があったように記憶しています.

ともかく,これらの言葉はいたるところにあふれかえっています.テレビ,漫画,小説,エッセイ,インターネット….

ですが,この「自分探し」とはいったいどういう意味なのでしょうか.なんとなく,使用されている文脈から推して,「本当の自分」というものがどこかにあり,それをさがすということのようです.

しかし,「本当の自分」とはなんでしょうか.なにをもってそれを「本当の自分」とみなすのでしょうか.

たとえば,「自分がなにをやりたいか」ということでしょうか.しかし,それは「そうありたい自分」であって当然のことながら「現実の自分」とは異なります

そうすると,「自分にどのような才能があるか」ということでしょうか.しかし,学問でも芸術でもスポーツでもなく,単にふつうに平凡に生きていく才能しかないと知れたらどうなのでしょうか.

まあ,私は個人的に,平凡に生きてなにが悪いと思うのですが,思うに―私の想像に過ぎないのですが―こういう「自分探し」を標榜する人たちは,「平凡に生きる」ということを否定的に捉えているのではないのでしょうか.

それゆえ,自分には非凡な才能がないと知れたときでも,それを「いや,これは本当の自分ではない」と否定しそうな気がします.

つまり,「自分探し」などというものは,「平凡には生きたくないけど,でも自分に何の才能があるのかいまのところわからない(でもなにかあるはずだ)」と考えている人がやるものなわけです.

大学生以上になって,まだ「自分探し」をやっている人は,それまでの間,特にやりたいことも見つからなかったし,今までやったことで「これは才能がある」と自分で感じる,もしくは他者から評価されることがなかったということなわけですから,十中八九,その人には何の才能もないし,特にやりたいことがあるわけでもない(けど,漠然と平凡に生きたくないと思っているだけ)ということだと思います.

まあそういう人には,平凡に生きていくのもけっこう難しいと言いたいですね.

それでちょっと途中から話がずれましたが,すでに述べたように,このような「自分探し」をするためには,どこかに「本当の自分」というなにか固定的なものがあるという考え方があるということです.

しかし,それは本当でしょうか.私はそのような「本当の自分」というのは幻想に過ぎないと思っています.

よく,「私はみんなの前で演技をしている.本当の私を出していない」というようなことを聞きます.しかし彼・彼女はなぜそれを「本当の自分ではない」というのでしょうか.そして,「自分探し」という言葉に代表されるように,「それじゃ本当のあなたはどういうものなの」と問うと,実は自分でもわかっていないわけです.

いや,わかっていないというよりも,そもそも「本当の自分」などというものはないのです.

家族といるとき,友人といるとき,職場にいるとき,などなどそれぞれ違う面を見せていると思いますが,それがすべてあなたであり,どれが本当でどれが嘘などというのはないはずなのです.

たとえば,あなたが社会のルールに縛られて自分がしたいと思うことができない,周りに遠慮して自分の意見をいえない・・・と言ったようなことがあるとします.そうしたとき,その「周りに合わせているあなた」がまさしくあなた自身なのであり,それは別に嘘のあなたでもなんでもないのです.

なぜか,いまの風潮では,固定された「自分」がいることが望ましいことになっていますが,「男子三日会わざれば刮目して見よ」とか「君子豹変す」と言われるように,伝統的な東洋的(儒教的)な考えでは,むしろ変わるべきでさえあるのです.

ともかく,「本当の私ってなんだろう」と日々思い悩んでいる人は,「そもそも本当の私なんてないんだ」と考えれば気が楽になるのではないでしょうか.

ところで,これとは微妙に違う話で永井均という哲学者が「私とは何か」ということをずっと考えています.この問いも非常に西洋的な感じがするのですが,昔私も似たようなことを考えてパニックになったことがあるので非常に興味をもっています.これについてもまた別稿にて.

[追記(2005年10月6日)]

このサイトで面白い記事があった.

「自分らしくありたい」というのはいわば,「逃げ」のキーワード,「自己防御」のキーワードだというものです.

私もそう思います.
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by kunihisaph | 2004-10-17 10:40 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書
太陽の表面温度は約6000度で,その外側にあるコロナの温度は,100万度を超えるといいます.しかし,なぜ表面温度よりもその外側にあるコロナの温度のほうがこれほど高いのでしょうか.わかりませんね.どうやらこれはまだ現代科学でも未解決なようです.
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by kunihisaph | 2004-10-10 15:58 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書