日々考えよう


by kunihisaph
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10万人にひとりの天才

先日ある漫画を読んでいると,非人間的なくらい強い悪者が「俺は十万人にひとりの拳の資質を持った天才だ」とかそんな感じの台詞をいうシーンがありました.

また別の漫画で,新聞の天気予報欄を一瞬だけ見た後,それを伏せて,各都道府県の明日の天気と予測最高・最低気温をすべて覚えてそれを言っていく,という女の子が出てきて,これもやっぱり「十万人にひとり」だか「百万人にひとり」だかの天才だ,といわれていました.

しかし考えてみれば,日本だけでも1億二千万人の人がいるのです.十万人にひとりということは日本だけでも1200人がそれに相当するわけで,単純に100で割っても,同じ年齢に10人以上それくらいの天才がいるということになってしまいます.百万人でも同じ学年に一人はいることになります.そんなすごい記憶力を持った人間や非人間的な強さを持った人間が日本だけでも毎年生まれるとかありえんやろ.

この「十万人にひとり」とか「百万人にひとり」の天才と形容は,漫画などで「どれだけその登場人物がすごいか」というをアピールしようとしてなされますが,このように考えてみれば,実はそこで示されている能力に見合うほど稀有ではないんですよね.

まだ「十年にひとりの天才」のほうがそういう意味ではすごいです.

ただ,一般にこういう形容はある特定の,特にスポーツの分野でされる形容です.おそらくたいていのスポーツは現役の期間が20-30年前後なので,現役選手中ではトップ3には入るという意味合いがあるのでしょう.ただ,特定の分野でされる表現ですから,人口的には,1000人にひとりとかそれくらいなのかもしれませんが.

それに,「10年にひとり」だとどの時代にも現役選手中にその人以外にも同クラスの選手がいる計算になってしまうので,「天才」という言葉を課すからにはせめて50年とか100年に1人くらいのほうがありがたみがありますよね.

ところで,学問の分野,たとえば物理だと,「ニュートン以来の天才」「アインシュタイン以来の天才」のような形容がよく使われるような気がします.

ニュートンは1642年生まれ,アインシュタインは1879年生まれ,「アインシュタイン以来の天才」といわれる(言われてたっけ?)ホーキングは1942年生まれ.物理の天才は輩出される期間がえらく長いなあ.

ニュートンとアインシュタインの間にオイラーを入れると,彼は1707年生まれか.1800年前後生まれの天才っていないのかな.そうすると,60-80年間隔になって,そろそろ「ホーキング以来の天才」が生まれる計算になるのですけど.ケルヴィン卿が1824年ですね.しかしそれだとアインシュタインとの間は約60年だけど,オイラーとの間が120年も離れてしまいます.と思って調べたらドルトンが1766年生まれでした.これで60年間隔になりますね.ドルトンは化学者だけど.

それに,ドルトンは「天才」てイメージはないよなあ.ケルヴィン卿も業績はすごいけど,あまり天才というイメージではないか.オイラーは間違いなく「天才」という形容詞が似合うけど.でもどちらかというと数学か.

ところで,ディラックはいかにも「天才」なイメージがありますが,1902年生まれか.いや,何も無理やり60年間隔にする必要はないのだけど.ていうか,大きな科学革命の前後に天才が多く排出するほうが自然のような気がしますけど.さり気に無視してしまいましたが,1646年生まれのライプニッツも間違いなく天才ですよね.ガリレオは1564年,ケプラーは1571年生まれで,彼らもどちらも天才ですね.

そういえば,ニュートンやアインシュタインのように物理で「科学革命」を起こした人は「天才」といわれるのに,生物学において大きな科学革命を起こしたダーウィンに対してはあまり「天才」という形容が冠せられていないような気がしますね.なんでだろう.

ちなみに哲学の分野では特によく「天才」という形容詞を冠せられるのはウィトゲンシュタインくらいですよね.ライプニッツは哲学で,というより科学の分野で天才といった感じだし.哲学界にはビッグネームがいっぱいいるのにあまり「天才」といわれる人はいないような気が.シェリングくらい?
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by kunihisaph | 2006-03-31 10:00 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書

誰よりも輝いている

昨日の記事につけてもらったコメントを読みながらまた思ったのですが.

まあ,私は基本的には虫にはあまり好かれないんですよね.夏とか,部屋に複数人がいるときは,たいてい他の人はさされても私だけ蚊に刺されなかったり.

なのに,なぜ目には虫が入ってくるのか.そういえば,目に虫が入ってくるのは目が光っているからだという話を聞いたことがあるような気がします.不確かな情報ですけど.火に向かっていくようなものでしょうか.

ということはですよ.私の目は他の人よりも輝いているってことですか.
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by kunihisaph | 2006-03-24 14:27
ミネソタからも不合格通知.あとはLSE.これはサイト上でステータスを見れるのだけど,まだunder considerationになっている.「すべての書類がそろったよ」メールが来たのが去年の12月22日だから3ヶ月経っているのだけど,何でこんなにかかっているのか.サイトには「通常8週間で結果が出る」て書いてあるのに.

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日に日に暖かさも増し,夕暮れ時には虫たちが飛びまわる季節となってまいりました.この間自転車に乗っているとまた目に虫が入ってきました.

プロフィールの写真を見てもらえるとわかると思うのですが,私は目が細いです.ザ・モンゴリアンです.にもかかわらず,他のもっと目の大きい人たちと比べてもよく目に虫が入るのです.なぜか.

ちょっと考えてみたことがあるのですが,これって,水道の蛇口をしぼっていったとき,ある程度以上閉めると流れが乱れるのと関係あるのではないでしょうか.

つまり,目がある程度大きいと目に入ってくる空気に乱れが起こらず,目の大きさを断面積とする円柱内の虫しか目に入ってこないのに対して,目が細いと眼に入ってくる空気に乱れが生じて,目の大きさを断面積とする円柱より外の虫も乱流に巻き込まれて目に入ってくるのかもしれません.

適当なこと言ってますけど.
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by kunihisaph | 2006-03-23 08:02

野球って・・・

えー,なんか野球の世界一決定戦みたいなのをやってたの?日本が優勝したとか.まあ,それはともかく.

いつも思うのですが,サッカーにしろ,野球にしろ,こういう団体戦において「あるチームのファン」というのがよくわかりません.ある選手個人のファンというのならわかるのですけど.新庄のファンとか.松井のファンとか.でも阪神ファンとか巨人ファンとかよくわかりませんよね.だって,そのチームを構成している選手陣や監督は年を経るとどんどん変わっていくわけでしょ?

ところでまたちょっと話が変わりますが,野球といえばいつも気になるのが投手のことです.

他の団体競技に比べて,投手という1ポジションの重みが大きすぎませんか?両チームにそれほど大きな戦力差がなければ,その試合に登板した投手の調子に大きく左右されるという.投手の調子さえ抜群だったらまず勝てるでしょう?逆に投手陣の調子が悪ければ多少他の野手ががんばったところでどうにもならないという.

他の競技でも「重要な花形ポジション」みたいなのはあるのでしょうけど.バレーのエースアタッカーとか.でもやはり野球の投手と比べるとその重要性がかなり違うように思えます.

まあ別にだからどうしろというわけでもないのだけど.
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by kunihisaph | 2006-03-22 12:11

昨日の

California Girlなんですが,その直後に事件が起こりました.麻薬でらりってた女の子が廃屋の中で首をのこぎりで切られる惨死体となって発見!でもまだいまいち盛り上がらんなあ.

ところで,最後の2校,ミネソタとLSEの返事がまだ来ない・・・.
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by kunihisaph | 2006-03-21 12:29

California Girl

英語をもっと読まなくてはいけないなと思っているのですが,どうしても専門書だと読む速度が遅い.そこでもっと簡単に大量に英語を読むために小説を読もうと思ってJ. Parker, California Girlというのを買ってきました.

この邦訳版が宝島社が出している『このミステリーがすごい』の2005年度海外篇で上位にランクされていたので,たぶん面白いだろうと思って.

しかし全500ページほどの中でやっと100ページくらい読み終えたところですが,全然事件が始まらないんですけど.

ところで,やはり論文よりかはすらすらと読めるのですが,そのかわり,地の文でも技法上文法が崩れていたりするし,会話文はスラングとか出てくるので結構わかりづらい.それに,論文と違ってあいまいな表現が多用されるので,これも読解を妨げます.

たとえば,10代のカップルが外で流れ星を眺めながら並んですわり雑談している場面で,男の子がちょっとした皮肉を女の子にいいます.するとその女の子は立ち上がって,そして以下のような会話が始まります.

"Don't hold it against me." she said.
"Hold what?"
"That I'm not ready and you are."
"I know it's different for you."
"How?"
"You lose something."

何の話をしているのかしばらくわかりませんでした.わかりますか?これを理解するためにはこれより7,8ページ前に,「この男の子がこの女の子の家に行ってキスをするのだけどそれ以上進もうとすると女の子に拒まれた」というシーンがあったことを思い出さなければなりません.その後延々と恋愛やセックスの話しと関係のない話が続いてこの会話になるのです.

以下のように訳すと意味がわかると思いますが.

「あのことで私を責めないで」
「なんのこと?」
「あなたはやる気があるのに,私は準備ができていないということ」
「君と僕とではそのことの意味が違うということはわかっているよ」
「どういう風に?」
「君は何かを失うってことさ」

あと,また別の女の子なのですが,その子が麻薬でらりっている状態で知り合いの牧師の前に現れます.そのときに,牧師がその女の子を見て

"What happened to your eye?"と聞きます.それに対して"What do you mean?"と女の子が聞き返し,"It's black"と牧師が答えます.

目が黒いのがなにがおかしいのか?麻薬のせいでなにか瞳に起きたのかな,などと考えながら読んでいると,その後も"That black eye didn't grow there"と牧師が言って,なんで目が黒いのかということを気にしています.

そして読み進めていくとどうやら"black eye"で「目にあざができている」というような意味であることがわかってきました.彼女の兄弟は乱暴者で彼女に暴力を振るっていたようです.それを知った,牧師の弟でいまは保安官をやっている主人公が彼女の兄弟を捕まえます.

しかし,いまのところおもろくないなあ.なんかミステリなのに事件が起きないよー.しかも500ページって長すぎ.
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by kunihisaph | 2006-03-20 09:53
ナンシー・エコトフ『なぜ美人ばかりが得をするか』(草思社)

あー,つまんなくて最後のほうは飛ばし読みをしてしまった.もっと美の概念についての議論があるのかと思ったのですが,美人が実際に社会において得をしているという社会学的・心理学的実験結果を書いてあったり,まあなんか美人に関する雑学集みたいな感じです.

ところで,以前,別の本で「人が美人に惹かれるのは,美人と結婚して美しい子孫を産むことによって,その子孫がよい配偶者を得る確率を高め,そのことにより子孫がよりすぐれた個体となり自分の遺伝子が安定的に残されるから」とかそんな議論が書いてあったのを見たことがありますが,それって循環論法じゃん?
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by kunihisaph | 2006-03-19 11:16
前に「『笑い』とは日常の文脈からのずれによって起こる」ということを書きましたが,単純に過ぎました.必要条件でもはあっても十分条件ではないような気がします.

(ただし,本当に「必要条件」かというのも少し問題ですが.「またかよー」というのも笑いに結びつきますが,それは「普通はそんなに繰り返さないだろう」という前提があっての笑いのような気がしますのでOKだと思いますが,吉本なんかの「いつものギャグ」による予定調和的笑いの説明がつきませんよね).

というのも,この記事でも書いた「恐怖」もそうですし,そのほかさまざまな感情はそもそも日常の文脈からのずれから起こるような気がします.たんなる「感心する」というのもそうですよね.

斬新なアイデアのSF映画なりなんなりを見て,「よくこんなこと考えるなー,面白い(interestingのほうね)」というのももちろん日常の文脈からずれているからこそおこるわけですよね.

恐怖との違いに関しては,ひとつは恐怖には「死の予感・予兆」が含まれているような「日常からの逸脱」であることだと思います.あと,「理解不可能性」というのも,「日常からの逸脱」というのに含まれますが,重要な要素ですね.

幽霊はもちろん死者ですが,しかし幽霊の登場があたりまえの事象になれば恐怖はやわらぐと思います.それが非日常的で理解不可能であるがゆえに恐怖の対象となりうるのですね.

そして,もうひとつ重要なのは「理解不可能であり,日常から逸脱しているのだけど,しかし自分の身に起こりうるかもしれない」ということだとおもいます.

ホラー映画を見ていて,ときどき「それってホラー映画というよりコメディなんですけど?」と思うことがあるますが,あれは,「死」や「理解不可能性」という要素は満たしているものの,あまりにありえなさ過ぎる場合,「笑い」に転化するからではないのでしょうか.

同じホラー映画を見ても「怖くないよー,むしろ笑えた」という人と「怖かったー」という人の違いはその映画にどれだけリアリティを感じられるかという違いでしょう.

それだけにホラー映画のアイデアのポイントはどれだけ観客に「ありそう」と思わせるかです.『着信アリ』はそういう意味ではいい着眼点だったと思うのですが,あきらかに『リング』のぱくりな点が残念です.『リング』以前に出ていればもっと高い評価を得られていたのではないかと思いますが.あと,殺され方もちょっとね.

そういえば,ホラー映画のポイントには,「幽霊なり何なりのその恐怖の対象となっているものの姿を直接見せない」もしくは「本当にそれがいるのかどうかわからない」というのが観客の想像力をかきたててより高ポイントとなります.

M.ナイトシャマランの『サイン』という映画はそういう意味で前半はすばらしかったのですが,後半でUFOや宇宙人の姿がもろ出てきて(これがまたハリウッド映画で出てくるいつもの宇宙人なんだ),がっくりきましたが,これがなければ傑作になったのではないかなと思います(でも欧米人ってこういう発想があまりないのね).

では,このポイントはさきのリアリティをもたせるのとどう関連があるのか.リアリティを出すためには具体性が必要な気がするので反証事例になっているような気がします.

しかし,個人個人でどのようなものを「ありそう」と思うかは異なります.それゆえ,むしろ想像させたほうがそれぞれのリアリティに訴えかけるのではないでしょうか.

「あれはほんとうにいたのかどうか」というのも,「いる」と断言されるよりもリアリティが強くなるような気がしますが,どうでしょうか.

そういうわけで,まあ「笑い」と「恐怖」の間には区別をつけれそうですが,斬新なアイデアの小説や漫画を読んだり映画を見たときの「感心」と「笑い」はどう区別されるのかが問題ですね.
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by kunihisaph | 2006-03-17 12:23 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書

ホワイトデー

昨日がホワイトデーだということをすっかり失念していました.バレンタインデーは贈る側が積極的に贈るものなんで,「私そういうイベントは興味ないねん」というひとは贈らなくてすむのですが(まあ組織に属しているとそうもいかない場合もあるのかもしれませんが),ホワイトデーは「お返し」なので,儀礼上興味があろうがなかろうがお返しをしなければならず,どこぞの企業かマスコミか知らんが,よくこんなイベントを思いついたなと思います.ところで最近はやや廃れ気味らしいですが,中元・お歳暮もうざいですね.いや,私は縁がないんですけれども.
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by kunihisaph | 2006-03-15 11:25

下流社会

三浦展『下流社会』(光文社新書)

ちょっと前に話題なった本をいまさらながら読んでみました.

前に紹介した『社会調査のウソ』を読んでからこれを読むと,論証として使われているアンケートはかなりアヤシそうだということがわかります.

全体的に主観的・感覚的な分析.

しかし面白くなかったかというとそうでもありませんでした.まあえてして厳密・客観的な分析よりこういう印象論のほうが「ああ,そうかも」的な共感は得やすいのかもしれません.

ちなみに,ここでいう「下流社会」とは,くうやくわずやの状態ではなく,「中流の下」というような意味で,著者は中流階層をさらに「上・中・下」とわけ,とくに将来的なヴィジョンもなく,とりあえず食っていけるだけの金銭を稼いでユニクロや100円ショップをよく利用するような層をさしているようです.
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by kunihisaph | 2006-03-13 11:34