日々考えよう


by kunihisaph
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

<   2010年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

名古屋に行ってきた

名古屋大学で「科学基礎論春のセミナー」というのをやっていたので,参加してきた.

年に数回しかない専門家たちと議論ができる機会で非常に楽しかった.

目からうろこな体験もいくつかさせていただいて,刺激になった.
[PR]
by kunihisaph | 2010-04-26 18:18 | 研究生活

豆腐ときのこの炒め物

たいしたものではないのですが,最近気に入っていて,1週間に一度は作っている感じの料理.

えのき,エリンギ,しいたけ,まいたけを木綿豆腐と一緒にいためる.味付けはしょうゆ,塩コショウ,みりん,豆板醤.にんにくとしょうがも入れる.

赤や緑のものを使っていないので,ぐちゃっとしていて,見た目があまりおいしそうじゃないですけど.

一昨日は,写真を撮るのを忘れたけど,シーフードと青梗菜の中華風いため.これは見た目的にも実際にもおいしそうでした.写真を撮るべきでした.なにが「中華風」なのかというと,たんに青梗菜ってなんとなく中華風だし,それに片栗粉でとろみをつけたところだけ.

d0067914_1638990.jpg

[PR]
by kunihisaph | 2010-04-22 16:38 | 男の料理

史上最強の哲学史入門


飲茶『史上最強の哲学史入門』


著者の飲茶さんから贈っていただいた.

32人の哲学者たちの思想をわかりやすく解説.
たんにそれぞれの哲学者の思想を解説するとだけでなく,テーマに沿って,そのテーマをそれぞれがどう考えたかという形で書かれているので,思想の流れが把握しやすい.

また,ちょくちょくバキねたがはさまれていて,バキファンならそちらも楽しめそう.「口を慎みたまえ」はどこかで入れておいてほしかった(私が見逃してしまっているだけであるのならすみません).
[PR]
by kunihisaph | 2010-04-15 22:27 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書

今日から新学期

今日から授業だったのですが,キャンパスのあちこちに早稲田のスタッフがたっていて,「講義棟が分からない方いますか〜?」と尋ねていました.国公立じゃありえね〜.

ちなみに,私は自分の講義棟の場所がわからなかったので,尋ねてしまいました.助かった.

ところで,今年度から科学哲学の講義を開講したのですが,オープン教育科目(いわゆる教養科目・共通教育科目)だし,学生こないだろう,と思っていたら意外と来ました(といっても35人ほど).

ちなみに受講生に占める1年生の割合は半分弱.理系学生は3人だけ.文系学生もやはり「科学」に興味があることは興味があるのだろうか.シラバスには厳しいことを書いたので,楽に単位が取れそうだから,というのはないと思うのだけど.
[PR]
by kunihisaph | 2010-04-06 15:35 | 日常生活

日本史の誕生

岡田英弘『日本史の誕生』

http://www.amazon.co.jp/dp/4480424490/

1.『三国志』の魏志倭人伝の記述をもとに,みんな邪馬台国の場所を云々しているが,こんなもの信用できない.

2.『隋書』の記述から,推古天皇と聖徳太子は存在しなかったと思われる.

3.『古事記』は偽作.

といった議論を展開する.

1. 中国では,現在でも中国政府の威厳を高めるような海外の人間に対しては,おどろくほどの厚待遇をするが,これは古代からのもので,主に対内的なアピールである(それゆえ「海外からも認められているんだぞ」というのが大事).

三国志も,いろいろな成立事情から,朝貢してきた邪馬台国をいかにも大きな国であるかのように書いたのであって,じっさいは国家と呼べるほどのものではない.

また,距離についても,これをそのまま受け取れば現在のグァム島あたりになるが,これも政治的な事情から,この辺りに大国があって,それと魏が親交があったということを対内的にアピールする必要があった.

2.『隋書』には,裴世清が倭を訪れたときの記述があるが,この記述では,当時の倭の大王は女性ではなく,男性になっている.もちろん聖徳太子を倭王と誤解したのではない(王とは別に摂政がいることを記述しているので).それゆえ,推古天皇と聖徳太子はいなかった.

3.『古事記』は平安時代の偽作.序の内容がおかしいとかいろいろと証拠をあげている.

う~ん.まあ,魏志倭人伝の記述を鵜呑みにするべきではないというのはそうだろうと思うのだけど,そのように散々,中国の史書の疑わしさを述べてきたのに,推古天皇と聖徳太子の話になると,日本書紀より隋書を信用するというのは理屈がよくわからない.

著者も述べているように「うそを付くならそのようなうそをつく理由がある」はずなのだが,結局「なぜ,男王だったのに女王であるかのように書いたのか,聖徳太子なる人物がいるかのように書いたのか」という理由が示されていないため,説得力に欠ける.

あと,本当に女王ではなく,男王だったとしても,しかし摂政がいることは随書にもあるのに,なぜ「聖徳太子がいなかった」(もう少しやわらかく,「実在が疑わしい」という書き方だが)という結論になるかわけわからん.

隋書に出てくる名前が違うということだが,この当時の日本でも中国でも国書に本名を書かないだろうし,仮に本当に違う名前だったとしても,「憲法十七条」とかそういう業績を残した太子がいたら,聖徳太子がいたことになるのでは?(まあ,もし名前が違うのだとすると「固有名とはなにか」といういまでも議論されている哲学のテーマについてどの立場に立つかがかかわってきてしまうが).

「古事記」の偽作疑惑については正直,判断がつかない.平安時代の作とまで言い切っていいのかどうか.

とりあえず,自分の主張に都合のいいように,ここではあれが信用できないがこれは信用できる,でも,あっちではあれは信用できてこれは信用できないと言っている様な感じで,重複する文章が多いわりには論拠が薄いように感じた.

*wikiで聖徳太子の項を見てみたら,虚構説についてはいろいろなヴァリエーションがあるんですね.
[PR]
by kunihisaph | 2010-04-04 16:58 | ヘリクツ/疑問/雑学/読書